スマートフォンなのに、略称は「スマホ」。スマフォじゃないのはどうして?

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今や、我々の生活になくてはならない存在となっているスマートフォン(スマホ)。
TV、雑誌、CMなど、スマホの話題がとりあげられない日はもはや存在しない。
従来の携帯電話がガラパゴスケータイ(ガラケー)と言われるようになるほど、スマホは世間に浸透し、今やインフラのひとつとなった。
 
ここで、少し気になるのがその略称だ。
スマートフォン、略して「スマホ」。
 
……はて?
スマートフォンという字面のなかに、ひとつも「ホ」という文字は存在しない。
略称だとするならば、スマホではなく「スマフォ」ではないのだろうか。
そんなふうに思う人も少なからずいるだろう。
 
そこで、今回はなぜスマートフォンが「スマフォ」ではなく「スマホ」と呼ばれているのか調べてみた。

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その1:「Google先生がそう呼んでいるから」説

出典:Android(Google)
 
まずは、スマホの神であるところのGoogle先生自身がスマホと呼んでいるのだからスマホでいいじゃん説。
これ、筋が通ってるようで、実はめちゃくちゃ意味不明な説なのだが、もう論理とか意味とか超越してGoogle先生パないからオールOKって感じ。
もうね、宗教かと。絶対王政かと。独裁政権かと。
でも、ぼくは意外とこの説が好きだ。だって実際Google先生パないもん。

その2:「使いやすくて伝わるから」説

次に、Google検索で「スマホ スマフォ」と打ち込んで調べていたら、NHK「放送研究と調査」のページにたどりついた。
いわく、「言いやすいし、聞きやすいから『スマホ』なのではなかろうか」。
記事のなかで「ワードプロセッサー(ワープロ)もワドプロ、パーソナルコンピューター(パソコン)もパーコンとはならなかった。スマートフォンもスマフォやスマフォンという略称が考えられたが、世間的に定着しなかった」とある。
確かに「スマフォ」って、発音しようとしても言いにくい。それならもういっそ「フォ」を「ホ」にしたほうがいいじゃん、ということだろう。
これも一理ある説だと思う。
 
また、キーワードマーケティング研究所の滝井秀典氏も、ご自身のブログで以下のように綴っている。
いわく、「言語というのは、実はまったくもって論理的には説明できていない」、「なんとなくみんながそう言っているから使っている」。
記号としての言語は、その対象となる「モノ」に対して論理的な必然性を持たずに成り立ってしまうもの(=言葉の恣意性)。
つまり、スマートフォンがスマホと呼ばれることにロジックも意味もなく、使いやすくて伝わるだから、それでOKということなのだ。

結論

今回、いくつかのサイトを拝見して情報を収集した結果、どこもだいたい似たようなことが書かれていたことから、スマートフォンをスマホと略することに特に意味も理由もなく、そのように定着してしまったからそう呼ぶという感じなのだと思う。
 
ぼくも、もうそれでいいと思う(決して考えるのが面倒くさくなったわけではありません)。
 
言葉というのは生き物なので、時々理屈にそぐわぬ様相を見せることがある。
たとえば、ちょっと昔は「全然」という言葉のあとには「~ない」という否定のフレーズが入るのが正しいとされていたが、今では普通に「全然いける」「全然OK」など、肯定のフレーズとあわせても使用されている。
それを「最近の若者は日本語がめちゃくちゃだ」と嘆く人もいるが、言葉が時代とともにルールや法則性から外れた変化を見せるのは、ある意味で当たり前のことでもあり、そういうものだと割り切るしかないのかもしれない。
 
だから、名称はスマートフォン、でも略称はスマホ。それでいいのだ。

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